当院の歴史

当院の歴史

昭和44年5月大分市大字松岡8587番地に於て小代医院(故:小代宏暢理事長)開設
大分市郊外の松岡地区は昔の面影を残した農村でした。
東に大野川、そのむこうに九六位山を望み、田畑が広がり子供達の声の響く美しい村でした(旧道)その頃は表通りに面していたのでバス、車が通る度、土、埃が舞い大へんでした。
40年代は日曜、夜間の当番制もなく殆ど24時間体勢でした
在宅老人も多く往診に追われたものです
昭和56年、19床の有床診療所に改築、その頃からいろいろ制度が改善されていったように思われます。
平成11年医療法人松悠会 松岡メディカルクリニックとして表通りに新築新しい医療へと移りました。

小代 公子
昭和44年6月の新聞記事

2年ぶり無医地区解消 大分市松岡

大分市鶴崎松岡地区は四十二年二月から、それまであった医院が東京に移ったため無医地区となり、地区の人たちは急病人が出た場合、八キロ以上離れた鶴崎まで患者を連れて行ったり、往診を頼んだりしなければならず、不安な日々を送っていた。

このほど、別府市で弟の病院を手伝っていた朝地町出身の小代宏暢さん(四五)が地区内に小代医院を開業、二年ぶりに無医地区の不安は解消した。

松岡地区から医者がいなくなった四十二年から、地区の自治委員佐藤清蔵さん(六〇)たちは、地区の人たちの要望で手分けして医者捜しを始めたが、なかなか適当な人が見つからず苦労していた。

昨年のお盆にお墓参りのため松岡地区の実家に里帰りした小代公子(四〇)さんを通じて、佐藤さんはワラをもつかむ気持ちで小代さんの意向を打診した。

「妻の生まれたところが無医地区で困っているというし、私の生まれた朝地と松岡は同じ大野川の川筋というのも何かの縁でしょう」と快諾、話はトントン拍子に進み、ことし四月、医院の建設に着工。
今月初め内科、小児科、放射線科の医院を開業した。